2005年11月11日
先日、練馬の区立美術館でありました。
佐伯祐三展、彼の生涯の作品は約390点、そのうちの140点の展示でした。
芸大時代、第一次渡仏、帰国、そして第二次渡仏 30歳で終わる彼の生涯
まず初めに自画像が5点ありました。
芸大は必ず1点自画像を大学に保存するので自画像作品は沢山書いたと思います。
彼の顔立ち自体、欧米的な顔立ちだから
自然とそのような自画像が多いです。この辺は普通かな?
1階と2階に分かれた作品群を全部見て、さらにもう一度見直しての感想は、
感動はしないけどすごいなって思いました。
1925年の一年の間に作風がどんどん変わって行きます。
初期のセザンヌからフォービズム、でもこのときの視線は、
非常に不安定で、視線がばらばらになっています。
視点があらゆる角度から絵に向かっています。
だが後半になると、ユトリロの街角のような安定した画風になっていきます。
わずか半年で自分の世界を確立したように思います。
全部見終わって、或る部屋で彼の作品を見てるうちに
佐伯ってやつは何を考えていたんだろうって思いました。
佐伯の作品は大きく分けて二つの分野から描かれていました。
彼本来の生活、人生などにわたる思想と、純粋に美術思想と。
そしてそれらがまた複雑に融合された作品もありました。
どれもみな家、扉、街角、などが作品の対象であり、そこに
彼は自分の思想、美術思想、美術史との戦いを挑んでいきました。
特にたくさんの街角を描いているのに、ちっともひきつけられない。
ユトリロの街角とは全く違いました。
夕方なのか曇天なのか、暗い絵ばかりでした。
モラン風景という2枚の絵がありましたが、これは完全に視線が不安定でした。
誰もそうでしょうけど、佐伯の絵も精神の変動がそのまま絵になっていました。
佐伯は夭折の天才画家といわれているらしいけど、これが天才かって思いました。
しかし、家、扉、街角の中に彼の切実な思想がこもっていると思いました。
街角の中に必ず大きく書かれた路、そして扉、無味乾燥の家
これらに中に、彼の思い、<どこかへ、そして今ここに>って言うような考えが見えました。
路の先にあるもの、ドアを開けた先にあるもの。そして無味乾燥の家の中にあるもの
その手前に立って、佐伯はいつも逡巡していたのではないかなって思いました。
乾ききった彼の心、彼はその乾燥したころろのまま、その先の向こうを羨望していたのではないか
そして作品に対峙して、自分の世界を現した。こちら側にいる乾燥した風景を・・・
もうひとつの世界は、ポスターや俯瞰したパリの街角などですが
ここには街角の捉え方、切り方、また筆の使い方、線の描き方
奥行きの消滅など様々な工夫がありました。
家も扉もみな平面的でべったり書かれている。街角はかろうじて三次元的だけど
人のぬくもりや喧騒が感じられませんでした。
ここに彼の生活思想はなく、ひたすら美術との戦いがありました。
描くとは何かという疑問の中での格闘でした。
パリにいて佐伯はひたすら美術史と戦い、自分の美術思想作り上げていきました。
この下のサイトにある<ガス灯と広告>はおそらく商業美術の先駆的作品と
捉えた方がいいと思いました。特に郵便配達夫という作品は、
完全にポスター化されていてまさに商業美術を思わせました。
http://blog.goo.ne.jp/namida-saku/e/b68399ec6b83573160e25f32aa7e45ae
ここをみてください。二つの作品があります。
で、晩年っていうか、死ぬ前だと思うんだけど
練馬で見た作品は、扉って言う2点が並んでいました。
ひとつは上のサイトに出てきます。もうひとつは半開きのレストランでした。
上のサイトの扉という作品の黄色の方は、鮮やかな黄色の扉に真っ黒にして中が全く見えない。
扉の半分ひらいているほうだけど、或る大学の研究では、閉じてしまいそうなっていう
表現がされているけど、そうではなくやはり開いたままって思いたいです。
最後のあがきかな?開いたままの先のその向こうへ・・って言う思いが
佐伯の心の中に去来しなかっただろうか?
でも黄色の扉の方は、黒い絵の具を塗り込んで、全く閉ざされていて・・
扉は開こうにも開けない。
ここに佐伯が死を完全に意識した作品になっていると思いました。
下落合時代、日本に帰国して下落合あたりを描くんですが、これはもう見るに耐えませんでした。
生気が全く感じられない。梅原隆三郎や万鉄五郎といった白樺派やフューザン会系の
人たちの作品とは比べ物にならない。濃い青で青空を描くのですが、生きてこない。
家も人も惹きつけられない。
辛くてもパリにいた佐伯はやはり生き生きとしていた。
書くことで戦っていたと思います。
こうしてみてくると、面白くもなく感動もしなかったけど
でも、作品をみてると、その思想に凄いなって思いました。
よくもその二つながら完成させたな、自分を閉じたなって思いました。
えらそうだけど、佐伯はもうこれでいいかな、卒業できるかなって思いました。
最後に区立美術館の学芸員の方の展示方法の妙を感じ、感謝の思いをを伝えておきます。